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新堂遺跡発掘調査報告会。

 

前回の記事で「どうやら大したものは出なかったらしい」などと大変失礼なことを書いてしまいましたが、橿原本社の隣で行われていた発掘調査では、古墳時代中期(5世紀頃)の河道、井戸、土坑、溝、初期須恵器、木製品、馬の骨などといった、学術的に重要度の高い遺物が多く発見されていたようです。

本社の所在地が橿原市新堂町なのですが、いつの間にか「新堂遺跡」という名前も付いていました。

先日開催された発掘調査の報告会に当社社員が参加して報告資料を持ち帰ってきたのですが、特に上の写真の初期須恵器(土器の一種)は県内最多の数が見つかったそうで、「初期須恵器の生産地や年代の問題、須恵器生産体制の確立過程や流通の実態、古墳時代中期の奈良盆地における集落の状況などの様々な問題を研究する上での一級資料であり、専門家からも熱い注目を集めて」いるとのことでした。

「初期須恵器や馬の利用は当時最先端の文化であり、そういったものを積極的に取り入れる先進的な集団が調査地を含む地域に存在していたことがうかがえ」ると資料にあったのですが、同じ新堂町に居を構えたからには「最先端」を「積極的に取り入れる」「先進的な集団」を目指していくのが、千何百年前の先達に対する礼儀というものでしょうか。

ちなみに今回の発掘調査の出土品の一部は今年の6月30日まで、「歴史に憩う橿原市博物館」で展示されるそうです。
貴重な物のようですので、興味のある方は足を運んでみてはいかがでしょう。

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